――お気の毒ですね、まさかあんな事故が起こるなんて……

 
私としても、良きビジネスパートナーを失ってしまった事はとても残念です


考えたのですが、よろしければこのまま私の軍へ正式に加入してはいかがですか?


あなたは幼いながら大変に秀でた才能をお持ちですから、これからも私のお手伝いをしていただけると有り難いのですが


そうですか……それはよかった


いえ、宜しいんですよ……ホッホッホ


ええ、期待していますよ


では……

 


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≪あたらしい いえ≫


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俺の星がなくなった


巨大な隕石がぶつかったらしい


王宮も、町も、民も、王も


ぜんぶ消えてなくなった

 


とんだお笑い草だ

 


俺より弱いくせに、いつもえらそうに命令していた父王


俺より弱いくせに、ちょっと集まっただけで強いつもりになっていた奴ら


そんなクズ共なんか、いなくなったって何とも思わない


“俺”は生きている


その事実だけで充分だ


 

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開いた扉から数歩踏み入れた二人の子供が、背筋を伸ばし深々と頭を下げる

 

「フリーザ様、おはようございます!」

 

「お……おはようございます!」

 

「おはよう、べジータさん、ラディッツさん」

 

フリーザと呼ばれたその者は、二人の小さな子供を見下ろして、柔らかく返答を返す

 

不安げに身を縮こませているラディッツとは対照的に、顔色ひとつ変えず姿勢を戻したべジータは、浮遊体に腰掛けたフリーザをまっすぐ見上げて問いかけた

 

「ご用というのはどのようなものですか?新しい任務のお話でしょうか?」

 

「ええ、任務の事もありますがね…まずはあちらをご覧なさい」

 

指で示された部屋の隅へ振り向くと、べジータはほんの少しだけ目を丸くする

 

「……“コイツ”は?」

 

そこには固い面持ちの大柄な男が、直立不動で立っていた

 

「彼はあなたと同じく、任務で星を離れていて難を逃れた者です……今のところ、生き残ったサイヤ人はあなた方3人だけのようですね」

 

フリーザの言葉に、大柄な男の表情はいささか落胆の色を見せる

 

「べジータ、今後はラディッツと共にこの者をあなたの直属の配下として遣わせます…あなたが彼らを従えて任務をこなすのですよ」

 

そう言われたべジータは不満そうに顔をしかめ、ややあって言葉を返す

 

「……どうしてもですか?俺は一人のほうがいいのですが」

 

「べジータ、あなたの気持ちは私にもよくわかります、ですがあなたは、星は無くともサイヤ人の長なのです」

 

「位の高いものが、低いものを纏めていかなければならないのは高貴な身分として必然の役割なのですよ」

 

べジータはフリーザの言葉に眉を上げて瞬きを繰り返す

 

「大丈夫。同じサイヤ人同士なら、気心が知れて統率もとりやすいでしょう……引き受けていただけますね?」

 

「はい……かしこまりました」

 

「良い子ですね、では、お願いします」

 

眼下で頭を下げる小さな子供に、フリーザはやんわりと笑みを浮かべた

 

「あなた、もっとこちらへおいでなさい」

 

「は、ハイッ!!」

 

ふいに声をかけられた大柄な男は弾かれたように返事をすると、ぎこちない動作でべジータの隣へ移動した

 

「早速ですが、あなた方にお願いをしたい任務があるのです」

 

三人のサイヤ人を前に、フリーザは仕事の話をし始める

 

話を聞きながらべジータは、姿勢を強ばらせている同胞二人を、心底鬱陶しそうに睨み付けていた

 


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フリーザから任務の説明を聞き終えたべジータは、背後に二人の同胞を引き連れて黙々と歩く

 

幼い上司の歩幅に合わせ、大男――ナッパは追い抜かぬようゆっくりと足を運ばせていた

 

「まったく、とんだお荷物が増えたな」

 

振り返りもせず、べジータは歩きながら背後の同胞達を揶揄してみせる

 

「本当ならお前達などどうだっていいが、フリーザ様のご命令でしかたなく面倒を見てやるんだ…この俺をわずらわせるなよ」

 

「お、王子…」

 

ふとナッパが、言いにくそうに呟き始める

 

「あの…な、何も気にされてはいないんで?」

 

ナッパの問いかけに、べジータは立ち止まり振り返った

 

「なにがだ」

 

「わ、惑星の事ですよ…俺達以外の連中が全滅しちまってるなんて…正直未だに信じられんのです」

 

心痛な面持ちのナッパを見上げ、べジータは何事かと小首を傾げた

 

「信じるも信じないも、レーダーの座標からは消えたんだ、それが事実だろ」

 

「王も…あのべジータ王も死んでしまったってんですぜ?!」

 

「フンッ!あんな王など、居ても居なくても元から大して変わらん!これからは王を介さず直接フリーザさまに従う事になった、ただそれだけの事だ」

 

「そ、それはそうですが…」

 

口ごもるナッパに、ベジータは口端を釣り上げて嘲笑う

 

「なにが言いたい」

 

「い、いや…」

 

「星がぶっとんだ事がそんなにショックなのか?真のサイヤ人はそんな下らない事で狼狽えたりはしない……ちがうか?」

 

「ち、違いやせん…」

 

「わかればいいのだ」

 

ベジータはフンと鼻をならすと、ふと、ナッパの後ろでうつ向いている少年を睨み付けた

 

「ラディッツ」

 

ラディッツが顔を上げるが早いか、つかつかと歩み寄ったべジータは目の前の少年に思いきり平手打ちを放った

 

「いでっ!?」

 

突然の痛みに驚き、ラディッツは思わず体勢を崩して尻餅をつく

 

「きさまもいい加減シャキッとしろ!」

 

「ぐすっ……は……はい……」

 

「これだから下級戦士と組むのはイヤだったんだ!何だってこんなゴミクズと……」

 

「ごっごめんなさい……ぐすっ」

 

「チッ……弱虫め……憂さ晴らしにもならん」

 

涙をこらえて立ち上がるラディッツに、べジータは殴りかかろうと握りしめていた拳をほどく

 

面倒臭そうにため息をつくと、唖然としているナッパに睨みをきかせた

 

「……ところできさま、階級は」

 

「ちゅ、中級戦士です!代々、名門の家系です、ハイ」

 

「フン……なら少しは使えそうだな……きさまら、せいぜい俺様に迷惑をかけるんじゃないぞ」

 

そう捨て吐いてべジータは踵を返し、二人を置いて距離を離していく

 

「あ、ま、待ってよ王子ー!」

 

その後を慌てて追いかけるラディッツを眺め、ナッパはやれやれと肩をすくめてみせた

 

「“やっかい者”って噂は、どうやら本当だったみてぇだな…」

 


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「べジータ様、ま~たそんなもん食ってんですかい?」

 

侵略を命ぜられて向かった星――

 

既に先住民の殲滅を終え、類類と積まれた死体に囲まれながら、その死体の一つを焼いていたナッパは背を向けて座っているべジータを覗き込んだ

 

「ちゃんと精の付くモンも食わねぇと、いくらなんでも身体が保ちませんぜ?ほら」

 

「ことわる」

 

こんがり焼けた死体の腕を差し出されて顔をしかめたべジータはツイとそっぽを向いて、手に持っていた固形の栄養食を一口かじる

 

「これは上級幹部用に支給されているレーションだ。コレ一つだけでも、必要なエネルギーはことたりる」

 

「しかし……」

 

「俺は高貴の出だぞ?道ばたで焼いただけのヤツを食うなんて、まっぴらごめんだ」

 

「これからそんな贅沢は言ってられませんぜ……それに食わず嫌いは損ですぜ?なぁ」

 

べジータに拒まれた死体の腕を一口頬張り、ナッパは振り返って同意を求める

 

死体を挟んだ向かいに座るラディッツは、ナッパと同意の視線を合わせながら焼けた脚に黙々とかぶりついていた

 

その姿をチラリと見留めたべジータはすぐに眉間を潜めて目を外す

 

「なんて野蛮なザマだ……見てるだけで吐き気がするぜ」

 

あっという間に死体の腕を平らげたナッパは、転がっている胴体から片脚を引きちぎりながら窺うように呟いた

 

「それにしても……本当にサイヤ人は俺たちだけになっちまったんスかねぇ……?」

 

「フン、またその話か、下らん」

 

背後で食事を続けている気配を察知しながら、べジータは鼻を鳴らして呟いた

 

「だって、他にも何処かへ派遣されてる奴が何人かは居るはずですぜ?侵略先の先住民に全員がやられてるとも思えねぇしよ」

 

「きさま、フリーザ様の報告を疑っているのか?」

 

ギロリと視線を向けるべジータの発言に慌てたナッパは、脚を片手に持ったまま弁明する

 

「いっ、いやぁ!そういうワケじゃ……ただ、もしかしたらって話でさぁ……頭数が多いに越したことはねぇなって思っただけで」

 

「……俺の」

 

すると突然、顔をあげたラディッツが肉を咀嚼しながらポツリと言葉を口にした

 

「俺の弟は、生きているかもしれない」

 

「なんだと?」

 

昨日からずっと口数の少なかったラディッツの発言に、ベジータとナッパは注目する

 

「どういうことだ」

 

「星がなくなる前に、“飛ばし子”にしたんだって……」

 

「ソイツぁ何処へ飛ばされたんだ?」

 

「確か、チキューっていう……」

 

「聞いたこともねぇ星だな……あんまり遠いんなら、任務の合間に迎えに行ってやるのはちっと難しいかもしれんな」

 

全く検討もつかない星の名前に、ナッパは顎に手を当てて首をひねる

 

「フン!誰が迎えに行くと決めた!?かりに生きていたとしてもだ、たかが下級戦士のガキひとり、増えたところで何の戦力にもならん!」

 

煩わしげに眉をしかめたべジータは、戦闘服に付いた土埃を軽く払うと地を蹴って宙空に舞い上がった

 

「べジータ様、何処へ行かれるんで」

 

「きさまらの下らないお喋りなんかに付き合ってられん、俺は先に船に戻ってるからな」

 

「ラ、ラディッツの弟はどうするんで?」

 

「言っただろう、そんなヤツは要らん!いいか、金輪際、俺の前でその話を出すんじゃないぞ!」

 

食い下がるナッパを上空から一喝すると、べジータはそのままスピードを上げて自らの宇宙船へと飛び去っていった

 

(“おとうと”……か……チッ、くだらん!!)

 


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いとも容易く終えた初任務から帰還し、上級戦闘員の為に宛がわれた個室のベッドの上で、青いアンダースーツ姿のべジータは膝を抱えたままじっと頭を垂れていた

 

防音設備によって外部の音はシャットアウトされ、内部に物音を立てるものもない

 

小さな子供一人がぽつんと置かれた部屋には、ただひたすらに静寂のみが流れ続けていた

 

動かず、何も考えず、黙って自らの鼓動を感じている間だけが、幼いべジータにとって数少ない“安らぎ”の一時であった

 


(俺は……生きている……)

 


好きなように破壊や殺戮をしている瞬間は、この上なく爽快な気分になる

 

しかしそれはつかの間の“高揚”であり、決して安らいでいるワケではない

 

ベジータ自身にも理由はわからない……がしかし、物心付いた頃から、戦闘から帰って来た後には必ずこうして無意識に“休息”を取るようになっていた

 


(俺さえ生きていれば、それでいい)

 


一定のリズムを刻み続ける心音を聴きながら、ふと滅びた同胞の事が頭によぎったべジータはほんの少しだけ頭を上げた

 

あれだけ一族の隆盛を願い常に思索を巡らせていた父王も、それに従って蟻のように働いていた戦士達も、今やたった三人を残して宇宙の塵と消えた

 

ざまぁない、片腹が痛くなるような結末だ

 

有象無象が消えたおかげで自分は、真の、そして唯一の誇り高きサイヤ人として宇宙に名を轟かせる資格を得たことになる

 

ナッパやラディッツのような輩に、そんな大役が務まるハズがない


これは運命なのだ


生き残る者として自分が選ばれたのには、必ず意味があるはずだ

 

(俺だけは、最後まで生き残ってやるんだ)

 

たとえ同胞であろうとも、死のうが生きようが大して興味はない

 

見知らぬ星へ飛ばされた実弟も、ラディッツの弟も、べジータにとっては所詮居ないに等しい存在だった

 

「フン……どいつもこいつもクズばかりだ」

 

脳内に浮かぶ人物達を嘲け笑うと、べジータは背を倒して枕に頭を沈めた

 

これからは王宮の代わりに、ここが自分の新しい拠点(いえ)になる

 

フリーザは薄気味の悪い奴だが、幸いにして、自分の高い戦闘力を評価している

 

任務をこなして機嫌を取っていれば、まず敵に回すことはない

 

侵略を生業にすることで実践を積めて、本能的な愉しみも味わえ、ご丁寧にこうやって部屋まで用意されている

 

これほど整った条件はない。うまく利用してやればいいのだ

 

そうやって影ながら力を蓄えてゆけば、いつの日かフリーザすらねじ伏せてやることも夢ではないだろう

 

(宇宙に名を馳せた支配者も、いずれこの俺の手で弄り殺されるのだ…考えただけでゾクゾクするぜ)

 

べジータは天井を眺めながらニヤリと口角を上げ、年端もいかぬ子供とは思えぬような、底の暗い笑みを浮かべた

 


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「あの時飛び立っていった船は、どうやらラディッツとやらの血縁だったようですね」

 

スカウターの傍受内容を確認しながら、フリーザの側近は自らの主にそう言葉をかけた

 

「いかが致しましょう、幼いとはいえど、サイヤ人には変わりありませんが」

 

「そうですね……」

 

考えた風のフリーザを前に、側近はガラス張りの大窓をモニター画面に切り替える

 

「チキューという星ですが、どうやら東の銀河の、更に最果てにある低文明の惑星のようです」

 

フリーザはモニターに映し出されるスペースマップを暫し眺めた後、浮游体の背もたれに寄りかかって息をつく

 

「べジータほどの戦士であったなら対処したいところですが……潜在能力が低いという事ならば、放っておいてもそこまで問題はないでしょう」

 

「そうでしょうか……」

 

「どうせ遅かれ早かれ、全ての銀河を掌握する予定ですからね……チキューとやらのある宙域が圏内に入った時にでも、また考えればいいのですよ」

 

「は、はい……」

 

頭を垂れる側近に対し、フリーザは少しばかり目元を潜めて言葉を続ける

 

「それより注意しなければいけないのは他でもない、べジータですよ」

 

「それは、心得ております」

 

「あの子は本当に賢い……身の程も知らず手向かってきた愚かな父親とは一味も二味も違う…」

 

惑星ベジータへ侵攻した日、迎え撃った精鋭と共に息絶えた王の死に様を思い出し、フリーザは軽く鼻を鳴らした

 

「従っているように見せかけて、いつかよからぬ事を企て始めるかもしれません……あの子については必ず、定期的に報告を出すのですよ」

 

「ハッ、かしこまりました」

 

今はまだいい

 

子供のうちは、適当に持ち上げて可愛がってやれば大人しく言うことを聞いているだろう

 

だがやはり、その有り余る潜在能力と気位の高さには気を付けるべきである

 

第一線の中で成長し、力を伸ばし始めれば造反する可能性は十分にあるのだ

 

もしその時、伝説の“スーパーサイヤ人”になられでもしたら……――

 

自分の力には絶対的な自信を持っているが、言い伝えが本当ならば、実際の勝敗はフリーザ本人にもわからない

 

万が一の為に、出来る限りの先手は打っておくべきだろう

 

このままうまく飼い殺すことが出来れば、なにも言うことはない

 

(フフフ……我ながら、危ない綱渡りをしているのかもしれませんね)

 

自ら手を出した先の読めない賭け事に、フリーザは自嘲するかのようにクックと笑い声を漏らした

 


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(フリーザのヤツ…俺がとびきり強くなって裏切ったら、一体どんな顔をするかな)

 

来るべき日を思い浮かべながらべジータは次第にトロトロと瞼を閉じはじめ、そのまま深い眠りへと落ちていった

 

その小さな小さな身体の中に、恐ろしく、強大な野望を巡らせながら……――

 


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≪あたらしい いえ END≫


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あとがき

 

サイト開設初にして初出しのDBノベルでしたが、いかがでしたでしょうか

今作「あたらしい いえ」を含め今後アップする(予定の)ほとんどのノベルは2013年(神と神)の間に触発されて一気に書き残していたものですが、改稿に改稿を重ねるうちどこにもアップをせぬまま年が過ぎてしまいました(笑)

単純に自分なぞが長文を垂れ流すのは恥ずかしい、っていうところも大きかったのですが……イラストや漫画では描き切れない細かい部分(主に心理描写)を表現したかったので、思い切ってここへ置くに至ったというワケです

 

実は最初に書き上げた段階ではまだジャコ(及びマイナス)が出ていなかったので、ラディッツとナッパの出てくるタイミングが逆だったのですが、温めているうちにマイナスではベジータと一緒だったのがラディッツだったと判明しましたので、「飛ばし子」の設定も含めて書き直しました

基本的にはそうやって原作の設定や世界観を遵守したいのですが、出ていない設定に関しては「こうかもしれない」という自分の想像とすり合わせて話を練っています(まぁ恐らく他の方もそうなのでしょうが)

 

お読みいただいて分かると思いますが、幼いベジータが「初めは道端で死体を食うのが苦手だった」「心音を感じることで安らぐ」というオリジナル設定は自分なりにイメージしているキャラクター観です

ナッパも原作中ではベジータに対してわりとフランクですが、最初はやっぱり敬語だったんじゃないかなという感じですね

 

今後もこのようなスタイルでの作風になっていくかと思いますので、よろしければまたの機会に他の作品もご覧ください

最後までお読みいただきましてありがとう御座いました

 

2016年9月4日 烏丸らうる