傾き始めた西日に染まる山岳を眼下に置き、悠然と空を行く一機の輸送船――

 

その後方で一定の距離を保ちつつ、風を切り裂いて単身飛行する一人の男がいた

 


『アンタも来たらーー!どうせ宿賃もないんでしょ?』

 


無礼な口を叩く女の誘いに乗ったわけではない

 

その男には疲弊した身体を回復させ、宿敵の帰還を待つ間の“拠り所”を探す必要があった

 

巡ってきた機会は存分に使ってやろうというだけの事

 

女の連絡によって現れた輸送船は、遠い星の崩壊から生還した一団をまるごと積み込んで再び離陸した

 

その女曰く、再びドラゴンボールを使える日が来るまでの間、安全な場所で世話をしてやるのだという


(放っておけばいいものを…)


発つ前に何事か口走っていた女の言葉の真意を、男は理解することが出来ずにいた

 

あの星の連中をわざわざ一挙に匿うという事に、一体何のメリットがあるというのか

 

挙げ句の果てには、自分にまで気安く声を掛けてくる始末である

 

ひとつ間違えれば、出会った時に手をかけていたかもしれない人間にだ

 


『ご馳走たくさん出すわよ!どうせ孫くんと同じで、すっごく食べるんでしょ?』

 


確かに腹は減っている

 

辺境の星の馳走に大した期待は持てないが、今なら軽く普段の数倍は食えそうだ

 

だが、あの忌まわしい最下級戦士ごときを引き合いに出されたのがどうも癪に障る

 

たとえそれが胃袋の話であってもだ

 


『ただし、いくらアタシが魅力的だからっていっても、悪いことしちゃダメよーー』

 


誰がお前のような女など構うものか

 

自分で言いやがって

 

しかも公衆の面前で、あんなデカい声で

 


(何が“魅力的”だ……)

 


移動するうちに辺りはすっかりと日が陰り、空には点々と星が瞬き始めていた

 

地球という星の空の色は、薄い青から赤へと染まり、そして夜には深い濃紺へと変化していくようだ


(住んでる種族はロクでもないが、空の色だけは悪くないな……)

 

前方の輸送船が緩やかに高度を下げ、夕暮れに明かりを灯し始めた大都市の中へとその機体を降ろしていく

 

発着ポートへ着陸した輸送船からタラップが降ろされ、中からドヤドヤと緑色の一団がなだれ出てきた

 

敷地にはひときわ大きなドーム型の施設が鎮座している。どうやら此処が目的地らしい

 

上空から暫し様子を見ていた男は、彼らとは少し離れた場所へと足を付けた

 

そして一団の前に躍り出た女――ブルマがひらりと両腕を広げ、例の大きな声でこう呼び掛けたのだった

 


「さぁさ、皆入って!ここがアタシのうち、“カプセルコーポレーション”よ!」

 


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≪ あたらしい いえ 巡 ≫


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カプセルコーポレーション

 


そう呼ばれた巨大な施設のエントランスをくぐると、ブルマは引き連れた一団を屋内の庭園へと案内した

 

「みんなお腹空いてるでしょ?ええと……あなた達はお水でよかったのよね?準備が出来たら呼びに来るから、少し休んでて!」


忙しなく去っていくブルマを見送った件の一団――ナメック星人達は、初めこそ戸惑い遠慮がちに佇んでいたものの、次第に室内で生い茂る植物や闊歩する生き物を物珍しそうに観察し始め、あるいは長椅子や地べたに腰かけて休息を取るようになった


「悟飯さん、コレは何て動物ですか?」

 

「これは猫だよ、デンデ」

 

「ネコかぁ、フワフワであったかいなぁ」

 

「ねぇお兄ちゃん、あのデッカイのは?」

 

「あれは恐竜だよ!」

 

その一団に紛れていた一人の少年――孫悟飯は、ナメック星人の子供に手を引かれ、共に右へ左へと戯れている


(チッ、鬱陶しいガキ共だぜ……)


幸い自分の近くへ寄りつく者は誰もいない。件の男――ベジータは、一人離れて木の幹を背に、ただじっと次の機会が来るのをうかがっていた

 

やがてブルマがラフな普段着に着替えて戻ってくる。メイドロボに準備させてる間にちゃっかりシャワーを浴びたのだろう、ヘアバンドの外されたショートボブは、まだ少しだけ湿り気を帯びていた

 

「最高級のミネラルウォーターを用意させてあるわ!お口に合うといいんだけれど」

 

「いやいや、戴けるだけで十分ですとも…お気遣い感謝致します」

 

ブルマは長老のムーリに声をかけると、呼び集めたナメック星人をメイドロボに何処かへと案内させた


「あんた達にもちゃ~んとご馳走を用意してあるわよ!」

 

「あ、ありがとうございます!ブルマさん」

 

「……ん?ほらベジータ!早く来ないと置いてっちゃうわよ!アタシもお腹ペコペコなんだから」

 

(俺様に指図するな!!)


気安く話しかけられるのは腹立たしいが、今は栄養を補給することが先決だ

 

喉に込み上げる反論を舌打ちに留めると、時折チラチラと振り返る悟飯の視線を無視しつつ、ベジータは二人の後を静かにつけていった

 


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食事の用意された多目的ルームは、既に案内されたナメック星人で賑わっていた

 

きっちり人数分揃えられたテーブルの席へ着き、一団は幾機も並ぶ大型のウォータークーラーからグラスに注いだ“水”に舌鼓を打っている

 

部屋の何処からともなく漂ってきた何とも良い薫りに、ベジータは思わず腹の虫が鳴ってしまう

 

「ささ、アタシ達も食べるわよ~!」

 

腹を押さえたベジータを気にも留めず、ブルマはナメック星人の席の合間をすり抜けて、ご馳走が一面に広がるテーブルへと近付いていった

 

「わぁ~っ!凄いや、こんなに沢山!」

 

悟飯は瞳を輝かせて椅子へと飛び乗ると、両手を合わせて食前の挨拶を済ませるやいなや、大急ぎでそれらを頬張り始める

 

「…………」

 

一方のベジータは、目の前に並ぶご馳走の“質”に目を奪われていた


(こ……コレが、全部“メシ”なのか?)


「ほらほら、アンタも座って!」

 

「えっ?……あっ」

 

立ちすくむベジータを無理矢理席へと押し込むと、隣に座ったブルマは上機嫌で食事を取り分け始めた

 

「ん~っ!やっぱ普通のご飯が一番よね~!インスタント生活はもうこりごりだわ」

 

「…………」

 

「どーしたの?早く食べなさいよ」

 

ブルマは皿に取った食事を口に運びながら、未だ唖然とするベジータの横顔を窺う


(コレが、“普通のメシ”だというのか!?)


多種多様に調理が施された野菜や獣肉、海鮮、加工食品に至るまで見栄えよく盛り付けられ、その芳醇な薫りは充分に食欲をそそらせるものであった

 

「別に敵だったからって、毒なんか入れやしないわよ!う~ん……ほらっ、コレなんかどう?」

 

そう言って、ブルマは鶏の骨付き肉を一つ取り寄せて強引にベジータの手に握らせる

 

よく焼けた肉の塊から立ち上る香ばしい匂いに、溢れ出る唾液をゴクリと飲み込んだ

 

ベジータは悟飯とブルマが見つめる中で、恐る恐るその肉を口元に持っていき、やっと一口かじりついてみる


「ウッ!」

 

「えっ?」

 

「うっ……むぐ……」

 


(う……ウマいっ!!!何だこの美味さは!!?)

 


「ち、ちょっと、ねぇ……大丈夫?」

 

肉片を噛みしめながら体を震わせているベジータに、悟飯とブルマは何事かと顔を見合わせる

 

(カ……カカロットは、この星で……ずっとこんな美味いものばかり食っていやがったのか!!?)

 

低文明な辺境の星と思い侮っていたが、地球人はどうやら“食”へのこだわりの高さが尋常ではないらしい

 

最下級出身の戦士があそこまで実力を伸ばせたのも、幼い頃から食に恵まれていたという事が大きな要因のひとつかもしれない

 

恨めしいような、心底悔しいような感情を渦巻かせながら、ベジータは関を切ったように目の前の品々に手を伸ばしていく


(美味いっ……どれもこれも全部美味いじゃないか!クソッ!!ふざけやがって……カカロットの野郎!!!)


無我夢中で食べ物を頬張る自身の姿をブルマに間近で観察されていたことなど、まるで気付いてはいなかった

 


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「げふ……っ」

 

「すっごい……全部平らげちゃった」

 

「お、お父さんより食べたかも……」


食事を終えていた悟飯とブルマは、半ば呆れたように言葉を漏らす

 

初めに出されていた皿はあっという間に悟飯とベジータの腹に収められた

 

それでも足りないベジータが追加に次ぐ追加を無心で詰め込んだ結果、CC家の数日分の貯蔵は空になってしまった

 

最高級の水でもてなされたナメック星人たちは既に、数人一組で仕度された来賓宿泊用の部屋にそれぞれ案内されて行った所である


「ふう……」

 

我ながらよく喰ったものだと、ベジータは自分でも驚いていた

 

これほど満足度の高いマトモな食事など、もう長い事していなかったのだ

 

王子として王宮で暮らしていた頃以来の……いや、下手をすると王宮でもここまで良質な食事は出されていなかったように感じる

 

背もたれに身体を預けながらメイドロボがテーブルを片づけていくのをぼんやりと眺めていると、視界の端でブルマがじっとこちらを見ている事に気が付いた


「……何だ」

 

「別に……なんか、不思議だなぁと思って」

 

「何がだ」

 

「だって……アンタ、“ベジータ”でしょ?何でベジータがウチに居るのかなぁ~って」

 

頬杖をついて間延びした声を上げるブルマに、ベジータは眉を潜めて不可解さを示した

 

「フン、来いと言ったのは貴様だろうが」

 

「そっ、そりゃあ、そうだけど……」

 

まさか本当についてくるとは思わなかった、などとは流石に口に出せないブルマの歯切れの悪い返答を最後に、テーブルを囲んだ三人の間に微妙な沈黙が流れる


「あの……ブルマさん」


気まずい空気を変えようと、再び口火を切ったのは悟飯だった


「ナメック星の人たちは、これから暫くここに住むんですよね」

 

「ええそうよ、まぁウチの敷地内だけって事になるけど。あのルックスで外に出るのは……流石にマズいじゃない?」


理由を察した悟飯は、そっと声を潜めたブルマの言葉にコクリと頷いた

 

地球人に似つかぬ容姿の事もあるが、最たる危惧はピッコロ大魔王についての事だろう

 

かつて地球を恐怖に陥れた大魔王とよく似た集団が西の都の真ん中に現れたなら、たとえナメック星人が無害でも、怯えた地球人によるトラブルの発生は容易に想像がつく

 

もっとも、彼らの同胞にして“大魔王の落とし子”を師匠に持つ悟飯自身にとっては、彼らの容姿など全く気にも留めない事柄ではあったのだが


「僕、デンデ達に会いに、たまに来てもいいですか?」

 

「全然構わないわよ!あの子達も喜ぶだろうから、むしろ大歓迎よ~」

 

「えへへ、やったぁ~!」


つい数時間前まで遠く異星にて死と隣り合わせの(自身に至っては死亡した)闘いに挑んでいたとは思えぬ和やかな二人の空気に、ベジータは辟易していた

 

たまたま関わった者達がそうであるだけかもしれないが、どうやら地球人というものは基本的に警戒心というものを持続することができない人種らしい

 

特にこの女がそうだ。俺が味方側の人間ではなく、接触するメリットもないと分かった上であのように声をかけるなどというのは到底理解できない言動だ


ついでに言えば、非戦闘員のくせに防備性のまるでなさそうな衣服で人の前に現れるというのも、はっきり言って正気の沙汰ではない。何だその薄布は!

 

悟飯と歓談するブルマの姿をジロジロと睨み付け、苛立ちながら組んでいた脚を組み替えると、膝がテーブルに当たってガタリと音を立ててしまう

 

ハッとなってこちらを振り返るブルマと反射的に目が合っていしまい、ベジータは無意識に顔をそらしたのだった

 


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「はい、ここがアンタの部屋ね」

 

ナメック星人とは別のフロアに案内されたベジータは、ブルマに示された部屋のドアを無言で見つめていた

 

悟飯も同じフロアに部屋を用意されていたのだが、本人の希望でデンデと一緒の部屋に移って行ったようだ


「向こうのほうに共同のお手洗いとシャワー室があるから。使い方とか、分かんないわよね?教えてあげるから一緒に……あ、ちょっと!」


ブルマが廊下の奥を指している間に、ベジータはドアの取っ手に手をかけて室内に入ろうとしていた


「休息が済んだら俺は出ていく。貴様らと何日も同じ空間で過ごすなどまっぴらご免だ」

 

「えっ?」

 

「俺は貴様の招待を受けたわけじゃない。貴様を“使える”と思ったから来てやったんだ。用が無くなれば切り捨てる。ただそれだけの事だ」

 

「ちょっと、そんな言い方――」

 

「触るなッ!!!」


言葉づかいを諌めようと細い腕を伸ばしかけるが、振り返りざまにパシリと払われてしまった。反動で体が倒れそうになる

 

驚いた瞳で絶句するブルマを睨み返し、ベジータは威嚇するように低くドスの効いた声色で言い放った


「女……これ以上この俺様に関わりやがったらぶっ殺すぞ!いいな、分かったか!!!」

 

「なっ……!な……」


バタン!と、怒気を込めて勢いよく閉められたドアの音が廊下に響く。ジンジンと感じ始める手の痛みと共に、ブルマの表情もまたみるみると歪み始める

 


「なによ!!ヒトが折角声かけてあげたってのに!!な、何て失礼なヤツ!!!アンタなんてこっちから願い下げよ!!!」

 


先程のドアの音よりも遥かに響く怒声でそうベジータを罵ると、ブルマは腹いせにドアをひと蹴りし、鼻息も荒く大股歩きでその場を去って行った

 


――かくして、ブルマにとってナメック星から地球へと生還した喜ばしき日は、ベジータへの最悪の印象を持って終わりを迎えようとしていた

 

翌朝その部屋をそっと覗いてみると、そこにいるはずの男の姿は既に無く、開かれたままの窓からただ穏やかな風が吹き込んでいたという


(もう行っちゃったんだ……ホント勝手なヤツ、出て行ってもらって正解だわ)


この時のブルマは心底そう思っていた。その男とこの先の未来、生涯にわたって深く関わり続ける事になるなどとは、まだ知る由もなかったのだ

 


再びドラゴンボールが使える日まで、あと130日……――

 


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≪あたらしい いえ 巡 END≫


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あとがき

 

 

ノベル第二弾でございましたが、いかがでしたでしょうか 

地球に定住し始める記念すべき日……カプセルコーポレーションに初めて足を踏み入れた日。感慨深いですね(笑)

 

第一、第二弾ときてお分かりいただけるかと思いますが、今後も大体ベジータ中心のものが多くなると思います

 わりとどうでもいい注釈ですが、タイトルの「巡」は「めぐり」と読ませます。一応……^^

 

まだベジブルもへったくれも無い状態ですが、始まりはこんな感じじゃないかなと思い、無い頭を絞って妄想に励みました

 話を書く際に、一緒にいた悟飯ちゃんとナメック星人がいい感じのアシストになってくれたと思います(笑)

 

終盤「触るな!」と言っていたベジータですが、実はご飯を食べ始める前にちょっと触られてますよね。恐らくご馳走に気を取られていてそれどころじゃ無かったのでしょう

 それにしても、第一印象最悪の相手となんやかんやで数年後に子供を授かる関係になってるだなんて、まさか夢にも思わなかったでしょうね

 

また次の話も用意してありますので、文章が整い次第アップしようかなと思います。いつになるかはさておき……

 最後までお読みいただきましてありがとう御座いました


2016年9月19日 烏丸らうる