柔らかな春風がそよぐ昼下がり―― 暖かく降り注ぐ日差しが西の都の街並みを包み込む


広いテラスのビーチチェアに身体を預け、ブルマはお気に入りのファッション雑誌をめくっていた


(地球って平和よね~……この星の人間でホントによかったわ)

 
ナメック星から帰還して以来、ブルマは当たり前と思っていた日常の幸せをひしひしと噛み締めている

 
(もうすぐポルンガも復活するし……ヤムチャも生き返って……みんなまた元通りになれるのね)

 
ゆったりと空を流れゆく雲を見上げながら、恋人との来たる再会に想いを馳せる


すると、空の向こうから何かこちらへ近付いてくるものが目に留まった

 


人だ 人が飛んできている

 


ボロボロの蒼いアンダースーツと壊れたプロテクターに、汚れた白いグローブとブーツで装備を固めた仏頂面の男


その男は、燃えるように逆立つ見事な黒髪を靡かせてテラスへ滑空すると、風を巻いてフワリと降り立ってみせた

 

 「ベ、べジータ……?」

 

ブルマは黒髪の男に思わず声をかける―― が、ソイツはこちらをジロリと一瞥したのみで、返答することも無く足早に家の中へと入っていった

 
「あっ!ねぇ、べジータってば!ちょっと、待ちなさいよ!……ったくもう、なんなのよアイツ!!」

 

 
 ----------

 

≪一喜一憂 前編≫

 

----------

  

 

共に地球へ生きながらえたナメック星人達を、自宅の敷地内に滞在させ始めてから約4ヶ月……――


ナメック星人達はいずれも知性が高く友好的な種族のようで、あれだけの大人数が身を寄せていながら誰一人として問題行動を起こしたことは無い


さらに生命維持の為の補給には驚くことに、ただ水を飲めば済むだけだというので、そういった食事面での心配をする必要もなかった


世話焼きの性分で誘い入れたものの内心ヒヤヒヤしていたブルマであったが、今ではこの人畜無害な客人達にすっかり気を許していた


ただ、この中にたった一人だけ紛れ込んでいた“別の異星人”については、その限りではなかった

 
「アンタねぇ!無視してんじゃないわよ!そんな汚い格好でウチを歩かないでって言ったでしょ!?今日という今日は許さないんだからね!!」

 
ダイニングまで後を追いながら件の“異星人”に向かって苦情を捲し立てる……が、男はなおもブルマに対して無視を決め込み、キッチンの冷蔵庫を勝手に物色し始める


悪の元配下だか戦闘民族だかなんだか知らないが、ヒトの家に厄介になるつもりならば、あくまでも地球人の郷に従うべきである

 

「ちょっとべジータ!いい加減にして!!ヒトの話ぐらい聞きなさいよ!!!」

 
相変わらずの横柄な態度にブルマは腹を据えかね、声を上げながら冷蔵庫を漁る男の腕を掴んだ―― と、次の瞬間

 

 

「気安く触わるんじゃねぇ!!!」

 

 

掴んだ手を払い突き飛ばされ、バランスを失ったブルマはそのまま後ろへ転倒し、フローリングにしこたま尻を打ち付けた

 

 「痛ったぁ……!ア、アンタ……“王子様”のくせして、レディになんて事すんのよ!!」


「黙れ!下等種族の分際で俺様に生意気なクチを叩くな!!言っただろう……俺はただ手近で都合のイイものを利用しているにすぎん。命が惜しかったら俺に指図するな!!」

  

鬼のような形相で見下してそう言い放つと、男は冷蔵庫からミネラルウォーターと大きなハムの塊を抱え込み、床に座り込んでいるブルマの横を大股で通りすぎていった

 


----------

 


問題の異星人―― べジータは、聞くところによると孫くんの生まれ故郷である惑星の元王子にして、その一族の中でもトップクラスの力を持つエリート戦士であるという


そしてドラゴンボールを手に入れるためにヤムチャを含む仲間達を次々と部下に殺させ、孫くんを瀕死の状態に追い詰め、ナメック星では自分達まで手にかけようとした正真正銘の大悪党なのだ


しかし……一緒に地球へ移されてきた時、木の幹に静かに背を預けてじっとこちらの様子をうかがい、的確な助言をしてくれたあの男を、ブルマはそこまで悪いヤツではないと感じてしまった


実際、初めて家に迎え入れた直後は至って扱いやすいものであった


だが翌日、人知れず行方をくらましたかと思うと、その後はごらんの通り――


この約4ヶ月間、忘れた頃にフラッと帰ってきては勝手にヒトの家の冷蔵庫を荒らし、初日に宛がわれた部屋で僅かな休息を取り、すぐ何処かへ行ってしまうというパターンの繰り返し


そしてこの有り様である


アイツだけは安易に誘うべきではなかった……―― 立ち上がってお尻を擦りながら、ブルマはあの時の自分の選択を悔やんでいた

 
「あ、あのぅ」


「!?」


「だ、大丈夫……ですか?」

 

突然掛けられた声に驚いて顔を向けると、デンデとナメック星人の子供達が心配そうな面持ちでキッチンカウンターの影から姿を現した

 

「あ、あら、居たの?やだ……変なトコ見られちゃったわね」


「あの……お水をもらいに来たら、ア、アイツが入ってきて……その、ごめんなさい……た、助けてあげられなくて」


「別にいいのよ。あんなヤツ、構いやしないわよ」

 

側に近寄る子供たちの前へ、ブルマはしゃがみこんで目の高さを合わせた

 

「でも、乱暴されたでしょう?怪我とかしてませんか?僕、傷を治せますから」


「フフ、大丈夫よ……ちょっとお尻が痛いけどね」

 

こんなに純粋で思いやりのある彼らの仲間の村ひとつを、あの男はドラゴンボールを奪う為に皆殺しにしたのだという


いくら地球に来てからは危害を加えられていないとはいえ、怯えてしまうのも無理はない


ブルマは子供達を安心させるように、頭を撫でてニッコリと微笑んでみせた


子供達にみんなの分の水を入れたカプセルを持たせた後、ふと先ほどのベジータが持って行ったものを思い出す

 
(そういや、アイツはあんなモノで足りるのかしら……)

 

あの日招いた夕食の席でも初めは警戒していたようだが、やっと一口味見した後は、まるでタガが外れたように夢中になって食べ始めたのだ。サイヤ人という輩は本来みんな大食漢なのだろう

 

(それに、あんなハムと水だけじゃ栄養も片寄りすぎよねぇ……)

 

不用意に関るべきではない事は理解しているが、どうも世話焼きのサガには逆らえない


ブルマは冷蔵庫を開くと、大きなボウルに新鮮なサラダや果物を盛り、ついでに棚から綺麗なタオルを取り出し、男が籠ったであろうあの部屋へと持っていくことにした

 

 

----------

 

 

「べジータ~?居るんでしょ~?」

 

ノックをするが返事はない―― いつもの事だと諦め、鍵のついていないドアノブをそっと回す

 

「……入っちゃうわよー?」

 

カーテンの閉めきられた薄暗い部屋へソロリと入り、息をひそめて人の気配を確認する


ベッドが使われた形跡はない。無造作に投げ捨てられたペットボトルとハムの包装に目を留めると、その先の物陰のスペースに隠れるように、ベジータは身を屈ませて静かに座り込んでいた

 

(コイツもしかして……寝てる??)

 

我が目を疑いそっと近付いて覗き込んでみる

 

―― これは確実に寝ている


傍若無人なべジータ様が眠る様子など、そう簡単に見られるシロモノではない


好奇心がウズいてしまったブルマは、テーブルにタオルとボウルを置くと、ゴミをそっと寄せ、規則的な呼吸を続けるべジータの前に膝を付けた

 

(なんでこんなトコに収まってんのよ……


上のプロテクターぐらい脱ぎなさいよ……


寝てる時まで眉間にシワ寄せてんのね……


こんな体勢で本当に休めてるのかしら……


っていうか、お風呂入りなさいよ……)

 

スヤスヤと眠りこける姿を眺めていると、色々と気になる事を思い付いてしまう


そうして暫く寝姿を観察していても、べジータは未だ目を覚ます気配を見せなかった

 

(下手に起こして殺される前に、そろそろ出た方がいいかな……)

 

テーブルに戻ると、ボウルの位置を直し、タオルを綺麗に畳んで置いてやる


我ながら気の利いた事をしてやった……そう自画自賛して口角を上げ、ふと眠っているべジータの方に目をやった

 

 

正確には、眠っているはずのべジータと目が合った―― という方が正しい

 

 

( ゲ ェ ッ !!? )

 

 

一瞬で心臓が縮みあがり、全身から血の気が引いていく

 

「あ、アハハ!……えっと……お、起こしちゃったかしら?オホ、オホホホ」

 

慌てて誤魔化そうとするブルマを、べジータはただぼんやりとした表情で見つめている

 

「え、えと、あのね、食事を……アンタが取ってった分じゃ足りないんじゃないかと思って、も、持ってきてやったのよ!よ、良かったら食べなさいよね!!」

 

必死でテーブルに置かれたボウルを指さしながら、ズリズリと少しずつドアの方向へ後ずさる


段々と頭がはっきりしてきたらしい。ベジータはゆっくりと体を動かすと、なぜ貴様がここにいると言わんばかりの形相でこちらを睨み付けてくる

 

「あああああと、たた、タオルも持ってきてやったから、か、顔ぐらい拭いときなさいよね!じ、じゃあね!オヤスミッ!!」

 

なんとも気まずい状況から逃げるように、勢いよくドアを閉め、ブルマは一目散に自室へと走って行った

 

「はぁ~~ビックリした……」

 

自室のドアに背を預け、そのままズルズルとしゃがみこんで大きく息を吐くと、一気に疲労感が全身を襲う

 

(アタシ……何やってんのかしら)

 

何故あんなヤツのために食事を用意してやったのか


何故あんなヤツの寝姿をいつまでも眺めていたのか


性格上どうしても世話を焼かずにいられないタチではあるが、流石に相手がアレでは、放っておいた方が身のためではないのか


モヤモヤと晴れない思考に頭を掻きむしる


天井を仰いでもう一度大きくため息をつくと、壁掛けの時計が目に入る

 

(そろそろ母さんが夕飯の準備をし始める頃ね……気分転換に手伝ってみようかしら?そうね、それがいいわ!)

 

そう思い立ったブルマはスックと立ち上がると、持ち前の切り替えの早さで思考を一転し、再びダイニングへと足をのばした

 


----------

 


つづく

 

 

2016年10月14日